2型糖尿病治療の第一選択薬として知られる「メトホルミン(ビグアナイド薬)」は、血糖コントロールの要となる存在です。
血糖降下作用に加え、心血管疾患や死亡率の低下にも寄与することが示されており、安全かつ有効な治療選択肢とされています。
1. メトホルミンの基本情報と作用機序
メトホルミンは、2型糖尿病治療における経口血糖降下薬の中でもっとも多く使用されている薬剤の一つであり、ビグアナイド系薬剤に分類されます。
主に肝臓での糖新生抑制と末梢組織(特に骨格筋)でのインスリン感受性改善を通じて血糖を低下させます。
また、膵臓からのインスリン分泌を促進しないため、低血糖リスクが極めて低いのが特徴です。
さらに注目すべきは、メトホルミンが体重増加を引き起こさないばかりか、場合によっては軽度の減量効果をもたらす点です。肥満を伴う2型糖尿病患者にとって、これは大きなメリットです。
2. メトホルミンの適応と使用上の注意点
メトホルミンは、eGFR(推算糸球体濾過量)が30 mL/min/1.73m²以上である場合に使用可能です。腎機能が低下している場合には用量調整または慎重な投与が求められます。
「糖尿病標準診療マニュアル2025」では、以下のように記されています:
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eGFR 45〜60:最大1,500mg/日まで
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eGFR 30〜45:最大750mg/日まで
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eGFR <30:禁忌
また、75歳以上の高齢者には原則として新規処方は推奨されていません。消化器症状(悪心、下痢、腹痛など)が出やすいため、少量から開始して漸増することが推奨されています。
3. メトホルミンの副作用と管理
最大の注意点は、まれではあるものの乳酸アシドーシスのリスクです。
これは命に関わる重篤な副作用であり、脱水や肝機能障害、重症感染症、手術前後、造影剤使用時には一時的な休薬が必要です。
さらに、長期使用ではビタミンB12欠乏症を引き起こす可能性があり、貧血や神経障害の原因となることもあります。
そのため、長期間服用中の患者で原因不明の貧血や末梢神経症状が出現した場合は、血清ビタミンB12の測定が推奨されます。
4. メトホルミンのエビデンスと推奨理由
メトホルミンの有効性については、複数の臨床試験で裏付けられています。特に以下の研究結果が代表的です。
■ UKPDS34(UK Prospective Diabetes Study)【PubMed: 9742977】
英国の大規模RCTで、メトホルミンは他の薬剤(スルホニル尿素薬やインスリン)と比較して心血管イベントと総死亡率を有意に低下させたことが示されました。
■ Cochrane Review(Saenz et al., 2005)【PubMed: 16235370】
メトホルミン単独療法の安全性と有効性を示したメタアナリシスで、血糖コントロールに優れる一方で体重増加や重度低血糖のリスクが低いことが確認されました。
5. 糖尿病治療におけるメトホルミンの位置付け(治療アルゴリズム)
糖尿病標準診療マニュアル2025では、ステップ1の初期薬物療法としてメトホルミンが推奨されています。
非薬物療法(食事・運動)で十分な血糖改善が得られない場合に用いられ、以下のように治療が進められます:
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ステップ1:メトホルミン単独療法(推奨初期投与)
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ステップ2:SGLT2阻害薬やDPP-4阻害薬の追加
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ステップ3:さらに異なる作用機序の薬剤を追加
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ステップ4以降:GLP-1受容体作動薬やインスリンの導入
また、HbA1cが9.0%を超えている場合には、インスリン療法やGLP-1受容体作動薬などの併用が検討されることもあります。
6. 実際の処方例と投与量
糖尿病標準診療マニュアル2025による処方例は以下の通りです。
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メトグルコ®(メトホルミン塩酸塩)
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通常:500mg 分2~最大2,250mg 分3(1日)
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腎機能による制限あり(上記eGFR参照)
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副作用対策として夕食後投与開始や、分割投与が望ましいとされています。
まとめ
メトホルミンは、2型糖尿病治療において非常に重要な役割を果たす薬剤です。心血管疾患リスク低減や体重増加抑制、低血糖のリスクが少ない点などから、最も信頼される第一選択薬として位置付けられています。ただし、高齢者や腎機能障害患者への投与には慎重な管理が必要です。
今後も、エビデンスに基づいた適正使用が求められ、継続的なフォローアップと副作用への配慮が重要です。
参考文献
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UK Prospective Diabetes Study (UKPDS) Group. Effect of intensive blood-glucose control with metformin on complications in overweight patients with type 2 diabetes. Lancet. 1998;352(9131):854-865. [PMID: 9742977]
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Saenz A, et al. Metformin monotherapy for type 2 diabetes mellitus. Cochrane Database Syst Rev. 2005;(3):CD002966. [PMID: 16235370]